【バイク天国】なぜベトナムはバイクがこんなに普及した?歴史と要因をまとめたよ

many motorbikes 2 ベトナムの歴史

ベトナムといえばバイク。バイクといえばベトナム。そう、ベトナムの街中にはバイク(オートバイ)が溢れかえり、まるでイナゴの大群が大陸を移動するかのように道路を駆け抜けていきます。最近は自動車もだいぶ増えてはきましたが、市民の足はまだまだバイク。しかし、なんでベトナムではこんなにもバイクが普及してるんでしょう?そしてこの動きはいつ頃から始まった?

さっそくサーチをかけてみると、それについてドンピシャで言及している論文を発見。やるやないかい。今回はそちらをベースにさせてもらいながら、当時の写真とともにバイク普及の歴史を見ていきたいと思います。

東京・品川駅の通勤風景とある意味おんなじ。

ベトナムの交通インフラ事情

バイクがいかにして普及したかの前に、まずベトナムにおける道路の整備状況を紹介しておきます。

ベトナム戦争中、ベトナムはアメリカ軍により生産施設や発電所のほか、国道やホーチミンルート、物資を輸送する鉄道や港などの主要交通網に大打撃を受けました。その後も諸外国との対立や経済の低迷もあり復興は進まず、1990年代末時点で全国にある道路総延長10.7万kmのうち、アスファルト舗装されているのは1.3万km。なんと全体のわずか12%…!特に農村地の道路はほとんど舗装がされず、雨期になると使用できなくなる道も。

そんな道路状況の中でもスムーズに移動ができる手段として発達したのが、1980年代前半から普及した自転車、そして80年代後半から普及し出したバイクだったのでした。

バイク天国の前は「自転車天国」だった

バイクより先に普及が始まったのは自転車でした。話は逸れますが、ここで当時の自転車事情についても触れておきます。

1980年代前半、自転車の価格は当時のベトナム人の給料半年分に相当する高額商品でした。現代の日本人がクルマを買うイメージと同じような感じでしょうか。今の自動車ローンのような資本主義的制度があるわけでもなく、一体当時の人々はどのように自転車を購入していたのでしょうか?

それは自転車一台を一括で購入するのではなく、資金が貯まる度に自転車の部品をひとつひとつ購入し、時間をかけて組み立てて完成させていったのである。(中略)先月は前輪、今月は後輪、来月は車輪、その次はハンドルというふうに順々に買い足していく。何か月か経ると一台の自転車が完成するという仕組みであるという。

なんと彼らは生活必需品をディアゴスティーニしていたというのです。たしかに、街中の家だってまずは平屋、カネができたら2階、3階と建てていってたというからなあ。。

1973年のハノイ(チャンティエン通り)。いまもしっかり面影が残っています

ちなみに、自転車社会の時代からクラクションによる騒音問題は発生していました。当時は走っていた自転車にはブレーキがないか、あっても故障しているか、ちゃんと取り付けられていても使用されていなかったとのこと。自分は止まらずクラクションで相手の方を止めるということでしょうか。。例えばハノイだと坂道もないので(さすが紅河デルタ)、急停車しなきゃいけないときには両足を地面につけて止まっていたそうです。乗りたての子どもか。

1983年のハノイ。路面電車が走ってる!

バイク黎明期

お待たせしました、本題です。ベトナムにバイクがはじめて登場するのは1960年代、主にアメリカなどの西側諸国によって南ベトナムへ持ち込まれました。ベトナム戦争後はベトナム北部にも流通します。そして1980年代後半あたりから、それまで覇権を握っていた自転車に代わりバイクが普及するようになります。

1970年頃のサイゴン。南ベトナム時代は豊かだったのが、戦争終結後の70年代後半はまた自転車社会に戻っています

1990年ごろまでは、オートバイは家宝扱いされ、親から子へと受け継がれる世襲財産だった。ふだんはカバーをかけてしまっておき、たまにしか走らせない人も少なくなかったという。その後、経済発展が進むにつれて、自転車はオートバイに取って代わられた

まずホーチミンから普及しはじめ、1990年代前半にはホーチミンやハノイといった大都市部限定で、90年代半ば以降はベトナム全土の都市部で普及するようになりました。当時ハノイに勤務していた人によると、90年代半ばまでは通りを走っているのはまだ自転車ばかりだったのが、90年代後半にはバイクが中心に変わっていたといいます。

生産面では、1990年代前半までは、ほぼ日本からの輸入バイクの独壇場。当時、中国・タイ・シンガポールなどからの密輸もあったそうですが、その密輸品たちのほとんども日本製といった状態でした。なかでもホンダのシェアは圧倒的で、巷でよく言われる「バイクの総称をホンダと呼んでた」「ヤマハのホンダとかスズキのホンダとか言ってた」というのはこのときの様子からきていると思われます。

そんなホンダさんがベトナムに輸出を始めたのは1964年。当時はフランス製のバイクが人気を博していましたが、ホンダは当時最先端のスーパーカブを投入し、一気に市場を席捲。

スーパーカブの元祖、スーパーカブC100

ホンダ製のバイクは扱いやすく、燃費が良く、修理しやすいという特徴があること、想定範囲を超えた異常な酷使や過積載(例:重量荷物の積載、バイクの三人乗りや四人乗り)にも耐えるという高い信頼性があった

こういうやつですね(まだ全然かわいいほう)

1978年にベトナムはカンボジアに侵攻し、その制裁として西側諸国が実施した経済封鎖によって完成車や部品の正規輸入はほぼ不可能に。そんな状況下ですらホンダ製のバイクは簡単なメンテで問題なく走行できたというのだから、そりゃ無双しないわけにいきません。まさにひと昔流行った本田△でございます。

黒船来襲~回復期

ヤマハやスズキも含めた日本勢が圧倒的シェアを握った1990年代でしたが、その末期1999年に中国製のバイクがベトナムに流入してきます。1990年代後半から中国は国内市場が落ち込んでおり、その活路を海外に見出してベトナムに攻勢をしかけてきたのです。その結果、2001年にはベトナムの年間販売台数の60%を中国製が占めることとなり、日本のシェアは半分以下に落ち込んでしまいました。

安価な中国製のバイクはベトナムのバイク市場を急拡大させ、ベトナム人にとってのバイクは「資産」から「庶民の移動手段」へと変貌することに。都市部のみならず農村部での普及も進みます。また2000年代にはタイ・台湾も市場に参入し、日系企業の工場はあまりの競争激化に、一時閉鎖に追い込まれる事態にまで発展します。

しかし日本企業も部品の現地調達率を上げるなどの努力を重ね他国の低コストに対抗。そのうえで元々備えていた高品質を維持し、徐々にシェアを取り戻していきます。その一方で、中国製バイクは頻繁な故障や交通事故といった深刻な問題を引き起こし、中国車=低品質という評判をベトナムの消費者に植え付け、淘汰されていくことになります。

2007年にはヘルメット着用が義務化されました

近年は飽和状態

さて2010年代以降はどうかというところですが、長くなってきちゃったのでこちらは次回いろんな数字とともにご紹介したいと思います。書きました↓

普及のワケはベトナム特有の事情

続いて、なぜベトナムだけ(だけじゃないけど)こんなにもバイクだらけになったのかいという話ですが、論文では以下の8つの観点を指摘しています。

  1. 性能
  2. 交通
  3. 金融
  4. 制度
  5. インフラ
  6. 気候
  7. 心理
  8. 治安

ぜんぶ説明するのは面倒なので、そのなかでも僕なりに納得感の大きかった交通・金融・インフラ・気候・治安をピックアップして簡単にご紹介したいと思います。

まずは交通面。ベトナムはとにかく公共交通手段が非常に貧弱です。電車は統一鉄道しかないし、地下鉄は通ってない(ただし路面電車はあった。そして2021年11月、やっとハノイでメトロが1本開通しました!)。バスはダイヤが乱れまくるし予告もなしに運休する…。ということで、自分で交通手段を用意するしかないのです。それでもって、クルマは高すぎるし駐車場もない。この交通面がいちばん大きな要因ではないかと思われます。

次に金融面。1990年代中期の時点で公務員の月給が30ドル程度だったのに対して、バイクの価格は新車で2,000ドル、中古でも700~800ドルといった水準。当時はバイクローンを貸し付けるノンバンクもない中でどうやって買っていたのかというと、「親戚や友人から借りれるだけ借りる」。今日住宅の購入に同じ手法が使われているように、まだまだ金融サービスが充実していないベトナムではポピュラーな手段で、これがどう考えても買えないものを買える秘密なのです。その他に挙げられていた資金調達方法がなかなか秀逸なので、こちらも引用させてもらいます。

①海外に在住する親類から送金してもらう、②自身のタンス預金を利用する、③汚職に手を染める、④アルバイトなどの副収入や臨時収入を利用する、⑤ベトナム社会に伝統的に存在する民間金融を利用する、⑥ギャンブル(例:賭け将棋、賭けトランプ、宝くじ)による収入を利用する、といった方法を採用するという。

超ベトナムらしくて笑えます。伝統的に存在する民間金融というのは、質屋(cầm đồ)のことでしょうか?

最近の質屋はネット審査で15分で借りれちゃうそうです

続いてインフラ面。これは冒頭に挙げたように、ボコボコな道やクルマが入れないような狭い道が多いという話です。小回りの利くバイクはそんな悪条件にぴったり。

そして気候面。地域にはよるものの、日本に比べても全体的に高気温のベトナム。かつ雨もたくさん降ります。それらをできるだけ回避するため、近距離でもとにかくバイクを使う傾向にあると指摘されています。まあこれはどちらかというと後付けな気もしますが、とにかく現代のベトナム人は歩かないという主張には大賛成です。

最後に治安面。これまで治安がよかったから経済が発展してきたし、安全だから誰でも気兼ねなくバイクで街中を走れる、という指摘。たしかにこれは当たり前のようでいて当たり前でない話。2014年にアフリカ出張に行った際、南アフリカ・ヨハネスブルグの街を歩いて回ったという話を訪問先の銀行員の方にしたら、初対面だったのにめちゃくちゃ注意されたことがあります。。

おわりに

やはりベトナムを象徴するようなテーマだっただけあり、ベトナムらしさ満載の内容となりました。ちなみに僕は以前のホーチミン駐在の時代にバイクの運転免許を取っているのですが、外国人はビザの有効期限と同時に切れるはずなのになぜか「無期限」と記載された免許証を持っています。おかげでビザ更新など何らかの理由でパスポートを誰かに預けることになった場合でも、国内であれば飛行機にも乗れます。。今の会社ではもうバイクは運転できないのですが、なにかと重宝するので身分証明書代わりに携帯しています。

はたから見てるとよくこの中に混じって運転できるなと思うのですが、実際中に入ってしまえば意外と快適ですよ!

参考資料・画像引用元

にほんブログ村 海外生活ブログ ベトナム情報へ
クリックいただけると喜びます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました