先週、プラスチック製品メーカー天馬とその元役員3名が不当競争防止法違反(外国公務員への贈賄)の罪で在宅基礎されました。同社はベトナムで2017年と2019年にそれぞれ公務員に対して現金を交付し、追徴課税の減免を受けていました。2017年には税関局の追徴約18億円に対して同局調査リーダーに約1000万円を支払い追徴を回避、2019年には税務局による約8900万円の追徴に対し約1500万円を払って約8600万円の減額を受けています。
だいたい以上が一般的に報道されている情報です。が、今回は一連の事件を詳細に記した第三者委員会の調査報告書(公表版)を読み込み、一連の事態が発覚する発端となった2019年当時の事件について、具体的に現場と本社でそれぞれ何が起きて、そこではどんな意思決定がなされていたかにフォーカスを当て、その部分をリアルにお伝えしていきます。録音されたデータや非公式に提出されたウラ報告書などから事件の状況が生々しく描かれ、80ページにも及ぶ調査報告書はなかなか読み応えがあります。貴重な休日を使って何をやっているんだ僕は。。
なお最後に記してあるように、今回まとめたのはその一部分であり、事件の一部始終を網羅しているわけではないことをご了承くださいまし!(タイトルも最初「顛末」にしてたけど最後まで書いてないことに途中で気付いて「いきさつ」に変更。)
天馬の会社概要
まず最初に、天馬の概要をさらっとだけ確認しておきます。基本的には調査報告書を参照し、数字は2020年当時のデータです。
創業は1949年。「Fits」という収納ケースなどを販売するプラスチック製品メーカーです。2020年3月期の売上高は約850億円。従業員数は7,500名超、東証一部に上場しており3,500人を超える株主がいます。でかい。。一方で典型的なオーナー企業でもあり、創業家が40%以上の株式を保有し取締役9人中会長など3人が創業一族であるほか、さらに名誉会長という首領までいます。
海外に子会社11社を擁し、生産高や販売高の過半を海外事業に依存しています。事件の舞台となるベトナム(バクニン省)には2007年に進出しています。
追徴課税と贈賄の要求
2019年8月22日、天馬株式会社(以下、本社)の子会社である天馬ベトナム(以下、現法)に税務調査が入ります。ここで同社は過年に追加で投下した資本が税優遇の対象外であること、また行っていた金型の修理サービスが同社の取得しているライセンスの対象外であることを指摘され、8月26日には合計約8900万円の追徴課税を通知されます。
8月27日から28日にかけて同社管理部次長が税務局の調査リーダーとの減額交渉に臨んだところ、調査リーダーは追徴とは別に、自己に対する現金の交付を口頭で明確に求めるわけではなく指を立てて要求(※3本指を立てたようです)。同社が約150万円(3億ドン)を意味するか尋ねたら、リーダーは「もっと上」という意味で手を振ります。それでは1500万円(30億ドン)かと聞き直すと、それについては否定も肯定もせず、といった具合。
このやりとりを通し、同社は約1500万円を払えば追徴を減額してもらえるとの認識を持つことになります。このとき、税務調査リーダーからは9月5日までに現金交付に応じるかどうかを判断するよう通告されています。なお管理部次長から報告を受けた管理部長および社長は、8月28日までには本社経営企画部長への最初の相談を行っていました。
贈賄の意思決定と実行
8月30日、現法は税務調査リーダーより突如、2時間以内に回答するよう要求を受けます。それを受け同社社長は本社経営企画部長に相談するとともに、現法社長としては今後の税務局との関係を考慮して取引に応じるべきとの考えを伝えます。
これに対し本社経営企画部長は、本社社長と同取締役財務経理部長(以下、CFO)のふたりの承認を得ようとしましたが、本社社長は外出で不在、CFOは離席中であったため、ふたりの事前承認を得ずに現法に対して支払いを承認。なんせいきなりあと2時間と言われてますからね。。実は天馬は2017年にも似たような調整金の支払いをしており、当時も本社社長が承認をしたことから、事後であっても承認を得られるだろうと考えての判断でした。この承認のもと、現法社長の指示により現法管理部長らは現地の銀行から約1500万円を引き出し、現法事務所で現金を箱詰めして金庫に保管。
8月31日、時間と場所の指定を受けた現法管理部次長は、管理部長とともに指定場所である市内の喫茶店へ向かいます。税務調査リーダーからはひとりで来るよう言われていたものの、「今までこのようなお金を持ったことがなく」、「(一人で行くことが)怖いと思った」ということで管理部長に別の社用車で来てもらっていました。次長は現金の入った箱を紙袋に入れて指定の喫茶店へ到着、事前の指示通りひとりで喫茶店に入り、税務調査リーダーに現金を手渡しています。このとき税務調査リーダーは「ありがとう」、次長は「では、帰らせていただきます」という会話のみ交わし、次長は現金交付後すぐに喫茶店を後にしています。ムダ口現金、いや厳禁。
このへん、臨場感たっぷりですね…。ちなみに第三者委員会は、このとき現法役職員が着服横領した可能性の検討もしっかり行っています。抜け目ない。。
税務調査の決着と本社への報告
現金交付の事実は9月2日から3日の間に、本社経営企画部長とCFO・本社社長に報告され、海外出張中だった本社社長からは承認・否決の意思表示がないまま社内回覧用の報告書と実態を記したウラ報告書の作成が指示されました。9月6日、現法に対し税務局から2度目の通知が届き、そこでは投資拡張分については税優遇を適用し、追徴税額は約3160万円まで減額されています。その後同社が税務コンサルを依頼していたコンサル会社が投資拡張分についても初期の税優遇を継続して適用している認定事例を探し当て、税務局職員に相談した結果、その主張が認められて追徴はさらに減額。9月10日には結果的に最終となる3度目の通知がなされ、追徴総額は約262万円で事実上決着。9月19日にその全額の支払いを完了することとなりました。
9月20日から25日にかけては、税務調査の結果最終的に追徴が約262万円になったという簡潔な説明のオモテ報告書と、実態が克明に記されたウラ報告書が本社経営企画部長を通してCFOと本社社長に報告されます。この際CFOは2通の報告書が添付されたメールが転送されてきたことを受け、本社経営企画部長に対し「裏」と記載された報告書など転送するなと同氏に苦言を呈しています。そして本社社長は同社経営企画部長に対し、同氏の独断で行ったのかを確認、またその判断は間違っている旨を指摘のうえ、現金交付の事後承認を認めない意向を伝えています。自業自得とはいえ、非常に難しい決断を迫られた経営企画部長さん、フルボッコの目に遭っています。。
役員報告会での決定
10月4日、本社社長・本社常務・CFO・本社経営企画部長の4人はベトナムから帰国した現法社長の説明を受け、さらには交付直前に撮影した約1500万円の現金の写真を見せられています。説明を聞いた本社社長らは、対立する創業家グループの専務に事態を隠ぺいしたと非難されることを恐れ、役員への報告の場を設けることを決めます。しかしその際に監査等委員会を呼ぶと、監査法人へも情報が広がることになり「「大ごと」になる」(CFO)と危惧したため、10月8日に取締役9名中6名のみでの役員報告会(≠取締役会)を開催。
これに先立ち本社経営企画部長は、その役員会で自分だけが責任を負わされると戦慄。本社社長と対立する専務に連絡し、助けを懇願。事態が同専務の父親であり創業メンバーでもある名誉会長に伝わると、名誉会長は同じく創業家であり自身の甥、本社社長派の筆頭である本社会長に電話し「明日の役員会をやめろ、社員をクビにするつもりか」と強い口調で迫っています。
調査報告書(公表版)にはこのときの会話の抜粋が記載されています。以下引用です。
A 部長 「その優遇税制、優遇でもらっている部分の税率が違う、ということから、約 8,000万円の税金の納付の漏れがある、というふうな指摘があるということで、F から報告がまず一報ありました。で、そのー後、数日たった時にですね、税務官の方から、これを、その、調整することができますよ、というお話が出てきまして、出てきた、ということで F から連絡がありまして、で、その金額っていうのが、約 1,400 万円を調整金として払えば、税額 8,000 万のところ、3,000 万にできる、優遇を提供、っていうか、ということで、調査を終わらせることができる、という話です。」
司専務 「で、あなたもそれで良いと判断したんだよね?」
A 部長 「そうです。はい。私もそれでいいと判断しました。で、えっと、あのー、翌週になって、E 社長の方から、ま、その、処理が、処理が、処理が終わりました、というメールが入りました。で、えっと、その事後になるんですが、藤野社長が海外出張中に電話がかかってきたときに、事態を報告、口頭で報告しております」
A 部長 「ただ、その時社長から、指示されたのは、表と裏の」
不明 「そうじゃなくて。」
司専務 「表と裏の提出を作るように、と」
藤野社長「それでまた帰ったら話をしましょう、と」
A 部長 「はい。ということで」
A 部長 「調査報告書が、その、E 社長から出てきまして、えっと、まぁ、表と裏、というかたちで、作られたものを藤野社長に裏の方お持ちしてですね、その時に、これ元々事後で報告してっていうのもあってですね、社長の方からは、コンプライアンスっていう問題が非常に叫ばれているなか、今回の判断は間違っているぞ、ということでご指摘を受けまして、ま、私的には、会社にとっていいだろう、と思ってやったことだったんですが、私の判断でこういうふうにしてしまったことで、ま、E 社長の責任もありますし、私の責任もありますし、えっと、まぁ、本当にこれが明るみになった場合には、社長のほうまで責任になる、ということで、深く反省して」
経営企画部長の狼狽えぶりがよく伝わってきます。この期に及んでなお「そうじゃなくて。」と口止めを促したのはCFOでしょうか。
この口頭のみの役員報告会では、取締役6名の全員一致により本事案の事後承認および現法社長と本社経営企画部長を不問とすることが合意されました。一方、対処策については何も決まらず、監査等委員会への情報共有や贈賄にあたる可能性を考慮に入れた弁護士などへの相談といった対処が必要であるといった意見が出されることはありませんでした。
調査報告書による評価
後述の通り事件はその後も続いていくのですが、2019年の贈賄事件において、第三者委員会としては最大の問題はこの10月8日の役員報告会における対応であったと結論付けています。
- この時点で監査等委員含む全取締役に事態を報告すべきだった。またウラ報告書の内容を精査し、事実関係の調査・原因究明・対応策の検討をすべきだった
- 外国公務員に対する贈賄に相当する可能性があると認識した時点で、関与者が刑事処分を受けたり外国で身柄拘束されたりする可能性があるにもかかわらず、「会社のために行った」として不問に付し然るべき対応をしなかったことは、取締役として従業員を守る意識すら欠く対応である
結びの部分についても、調査報告書をそのまま引用させてもらいます。
当社の取締役として改めるべき点は、2019 年 10 月 8 日の役員報告会のように、不祥事を認識しながら、何も対応をしようとしない、取締役としての危機管理意識の低さである。当社には海外拠点が多数存在しており、常に外国公務員から賄賂の要求を受けるリスクを抱えている。取締役は、社員が純粋に「会社のため」という思いで犯罪に手を染めてしまうおそれがあることを改めて心にとどめ、見て見ぬふりをするようなことは決して許されるものではないことを再認識すべきである。
事件は終わらない…
ここから事態は、現金交付を適法化するためのコンサルティング契約の締結とその取引停止、創業家内での対立の顕在化、臨時取締役会の開催と第三者委員会の設置、2017年の現金交付ひいてはベトナム以外の国での不正事件の発覚、お家騒動の本格化と次々に発展していきます。その様子もまた生々しくてたいへんに興味深いのですが、分量的にまとめきれないのでこの件は一旦ここまで。反響がそれなりにあれば続編をまとめる、かも。
参考資料・画像引用元
↑クリックいただけると喜びます。
コメント